はじめに:編集者が担う「演出」と「設計」の重要性
映像編集とは、単なる素材のつなぎ合わせではありません。
視聴者の感情をコントロールし、クライアントの目的(集客・感動・ブランディング)を達成する「演出設計者」としての役割が求められます。
このマニュアルは、実務経験がある編集者が、さらに一歩上の成果物を安定的に納品できるよう、「理論」「工程」「判断軸」を体系化したものです。
第1章:編集前の準備 ― 仕上がりは“準備の質”で決まる
1-1. 依頼内容の読み解き
- 確認すべきポイント
- 納品物の目的(PR/記録/販売促進/YouTube向けなど)
- 使用媒体(SNS/DVD/上映会/WEB掲載)
- 視聴者層(親世代/企業担当者/若年層 など)
- 参考資料の読み取り
- 類似事例がある場合は、トーン・テンポ・構成順序・テロップデザインを分析
- トーン確認シートを作成するとブレにくい
1-2. データ整理とプロジェクト設計
- 素材・プロジェクトファイルの統一的な命名ルールを導入(例:
2025_0526_eventA_cam1.mov
) - 編集前にフォルダ構成を標準化:
bashコピーする編集する/project_2025_eventA/
├ footage_original/
├ footage_proxy/
├ audio/
├ graphics/
├ export/
├ project_files/
第2章:構成・カット選定 ― “素材の読解力”が差を生む
2-1. ラフ構成と仮編集(オフライン編集)
- 全素材を視聴し、時間軸・カメラアングル・音質・表情・流れを把握
- タイムコード付きの「使える素材リスト」を作成しておくと後工程が効率化
🔧 ヒント:クライアントが求める「主役(人物・商品・瞬間)」をブレずに中心に据える
2-2. 構成パターンの提案
- 初稿提出前に、構成パターンを2〜3通り提示するのがプロ
- テンポ早め・カット多めのダイジェスト型
- ゆっくり余韻を残すエモーショナル型
- インタビュー重視型 etc.
第3章:演出・デザイン ― クオリティに最も差が出る領域
3-1. テロップ
- 読みやすさ第一:背景の明暗差と文字色のコントラストを確保
- 表現ルールを決める:
- 固有名詞 → 白ゴシック+黒縁
- ナレーション補足 → 細字+淡色
- 強調ワード → アニメーション or 変色
- mogrt(Premiereのテンプレ)活用で統一と効率を両立
3-2. トランジションと演出効果
- エフェクトは最小限・必然性がある箇所のみ使用
- よくあるプロ向け演出:
- シーン切り替え時のレンズフレア or 擬似スライド効果
- ズームイン・アウトで視線誘導と緊張感のコントロール
- 画面分割で複数視点を同時提示(インタビューやダンスなどに有効)
第4章:音声・BGM処理 ― “聴感品質”がプロらしさを決める
4-1. 音声クリーニング
- 基本フロー:ノイズ除去 → 正規化 → EQ → リミッター
- 会話部分は自然さ優先。ノイズ除去しすぎて声の芯が失われないよう注意
- Adobe Audition、RX Elementsなどを併用推奨
4-2. BGMの使い方
- 著作権クリア済みの音源を選定(Artlist/Epidemic/DOVAなど)
- BGMの“演出タイミング”を意識:
- ドロップの直前にインパクトを持たせる
- 感情のピークに曲のクライマックスを合わせる
- クロスフェード・尺調整は違和感なく
第5章:カラーグレーディング ― 映像の“世界観”を演出する
5-1. カラー補正(カラーコレクション)
- ホワイトバランス/露出を正確に整える(Scopes使用)
- 複数カメラ素材はトーンの統一が最優先
5-2. グレーディング(演出的色調調整)
- LUTは参考程度に使用し、個別調整で仕上げる
- トーン別のグレーディング例:
- フィルム風 → フェードブラック+シャドウ青寄り
- 元気系PR → 高彩度+オレンジ系トーン
- 感動系 → ミュートカラー+白ハイライト多め
第6章:書き出しと納品管理 ― 最後まで丁寧に“整える”
6-1. 書き出し設定例(Premiere Pro)
項目 | 設定例 |
---|---|
形式 | H.264(.mp4)またはApple ProRes |
解像度 | 1920×1080(フルHD)/ 3840×2160(4K) |
フレームレート | 23.976 / 29.97 / 59.94(撮影設定に準拠) |
ビットレート | CBR 20Mbps(Web)/ VBR 2-Pass(上映) |
オーディオ | AAC 48kHz 320kbps |
6-2. ファイル名ルールと納品
案件名_納品日_バージョン_用途.mp4
(例:kids_event_0526_v3_web.mp4
)- Google Drive共有時は閲覧専用リンク+PDF納品報告書を添付
第7章:修正対応・クライアントとのやりとり
7-1. 修正依頼の受け方
- 必ずタイムコード+要望+理由の3点セットで依頼を整理
- 「確認できる映像」+「意図の明示」が不十分な場合は、編集者側で仮案を2案提示して対応力を見せる
7-2. 修正バージョンの記録
- 各修正ファイルは必ずバージョン管理(
v1
v2
final
final_fix
など) - 修正履歴表を簡易で作っておくとトラブル防止に有効
第8章:スキル管理・テンプレート共有・品質の再現性
8-1. 自作テンプレートのストック
- テロップ/演出プリセット/音量設定/カラーLUTなどを案件別にアセット化
- Premiereのエフェクトプリセット/AfterEffectsのモーショングラフィックスなども共有フォルダにまとめる
8-2. 品質管理の習慣化
- 毎回のプロジェクトで「チェックリストによる最終確認」を習慣づける
- 実績ファイルを保存し、いつでも再現可能な状態に保つ
付録:上級編集者向けチェックリスト(抜粋)
- 構成は目的に合致しているか
- 主役がブレていないか
- 音量バランスは整っているか(LUFS)
- トーン・カラーが統一されているか
- 余分なエフェクトがないか
- 書き出し設定は用途に適切か
- ファイル命名・納品形式は整っているか
まとめ
プロの編集者とは「判断基準」を持ち、「手戻りのないクオリティ」を「短時間で安定的に出せる人」です。
技術だけでなく、プロセス設計・テンプレート管理・クライアント対応までを含めた「トータル設計力」を意識して業務に臨みましょう。
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